日本のアニメ映画の先駆者の一人である幸内純一の弟子、大藤信郎は、様々なアニメ映画を製作していた。その中で、1928年、アメリカでトーキーのアニメ映画「蒸気船ウィリー」(ウォルト・ディズニー作によるミッキーマウスのアニメ映画第一号)が公開されたのに刺激を受け、トーキー映画の開発を着手する。そして試作されたのがこの作品である。レコード式トーキー(しかしフィルム自体はサイレント)という手法を用いたものである。試作ということもあり、上映時間は約2分である。 1929年に完成するが、公開されたのは1931年1月である。
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